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1999年生まれ

Quotes and musings (24)


恐るべき子供たち / ジャン・コクトー

中条省平・中条志穂訳

 

平伏する素晴らしい文体

 

13

その雪がさらに、小さな邸の階段のガラス庇や玄関の雪になって続いている。窓の目張りや軒蛇腹には軽い雪が重くたまっているが、建物の輪郭をぶあつく際立たせるのではなく、周辺になにか情緒や予感のようなものをふわりと纏わせている。夜行時計のように柔らかく内部から発光するこの雪のおかげで、贅沢さの精髄が石の壁を通りぬけて、目に見えるように外へ滲みだし、ビロード状の覆いとなって広場を小さく包み込み、そこに家具類を備えつけ、魔法をかけて、幻想の客間に変えてしまっていた。

 


↑なんとうっとりする文…こんな文が書けるようになりたい。

 

 

 

 


20

彼はダルジュロスを探していた。ダルジュロスを愛していたのだ。愛について知る前に生まれた愛だけに、この感情は生徒を憔悴させた。それは原因不明の、だが激烈な痛みで、いかなる特効薬もなく、性をこえた、目的をもたぬ、純潔な欲望だった。

 

 

 

 


37

美の力は測りしれない。美を認めない者をも屈服させるのだ。

 

 

 

 


42

ジェラールは、「ポールが死ぬ、ポールが死んでしまう」と繰りかえしていたが、それを信じてはいなかった。このポールの死は、ジェラールにとって、夢の自然な帰結、永遠に続く雪の上の旅の自然な帰結であるように思われた。というのも、ポールがダルジュロスを愛するようにジェラールもポールを愛していたが、ジェラールの目に映るポールの魅力は、ポールの弱さだったからだ。

 

 

 

 


44

いまは、いつもの調子をとり戻して、ポールを見守っている。これが自分の任務なのだ。ぼくはポールを運んでいる。この夢想がジェラールを高く恍惚の世界にまで連れていった。車の静けさ、街灯、自分の使命が、ひとつに溶けあって魅力となった。

 

 

 

 


46

ジェラールは自分の握っている手が熱いことに気づいた。その熱に安らぎを誘われ、ポールは遊戯に入ろうとするかもしれない。遊戯というのはひどく不正確な用語だが、ポールは、子供たちが潜り込む反意識の状態をそう呼んでいるのだった。遊戯のなかでは彼が主人になる。時間と空間を自由にあやつるのだ。夢想を紡ぎはじめ、それを現実と組みあわせ、心と闇のはざまを生き、授業の最中でも、ダルジュロスが自分を讃美し、自分の命令に従う世界を作りだすことができた。

 

 

 

 


49

扉が大きく開く。十六歳の娘が現れた。ポールによく似ている。同じ青い目に黒い睫毛が影を落とし、同じ蒼白い頬をしている。二歳年上なので、ある種の体の線が際立ち、カールした短い髪の下の姉の顔は、弟の顔をもう少し柔らかくした感じだが、それはもはや素描ではなく、形を整え、混乱のうちに美に向かって急いでいた。

 

 

 

 


77

医者のおかげで、生活はほぼ普段の調子を取り戻した。だが、この種の快適さは子供たちとはほとんど無関係だった。なぜなら、子供たちには子供たちの快適さがあり、それはこの世のものではなかったからだ。ダルジュロスだけがポールを学校に引きつけることができた。ダルジュロスが退学させられたいま、コンドルセ中学は牢獄にすぎない。

 

 

 

 


79

看護師がいくら注意しても、子供部屋の無秩序には勝てなかった。無秩序はますますひどくなり、街角のようになった。荷箱の立ちならぶ風景、紙くずの湖、下着の山々が、病人の街とその背景になった。エリザベートはこの貴重な眺めを破壊し、洗濯しなければという口実のもとに下着の山々を崩し、あの手この手で部屋の熱気をかき立て嵐を呼ぶことを心から楽しんでいた。この嵐のような熱気がすこしでも低下すれば、姉弟は生きていることができなかっただろう。

 

 

 

 


90

真っ当な人はポールとエリザベートを複雑な性格だと判断し、精神疾患の叔母とアルコール中毒の父親の遺伝的影響があると主張しただろう。姉弟はたしかに複雑だが、薔薇のように複雑なのであり、二人を判断する人のほうは真っ当に複雑なのである。

いっぽう、マリエットは真っ当に単純だったから、目に見えないものを見ぬくことができた。彼女は子供の暮らす土地で楽々と動きまわり、それ以上何も求めなかった。この部屋の空気が外の空気より軽いことも感じとっていた。ある種の細菌が高山では死んでしまうように、この部屋では悪は生きることができなかった。澄みきった、軽い空気のなかには、重いもの、下卑たもの、悪しきものはは入りこむことができない。

 

 

 

 


98

だが、舌なめずりし、喉をごろごろいわせ、ちっぽけな楽しみをしゃぶり尽くすような、食い意地の張った根性がエリザベートは大嫌いだった。炎と氷からなるこの精神は、生温いものを認めなかった。「ヨハネの黙示録」のラオディキアの天使への手紙にあるように、彼女は「生温いものなど口から吐き出してしまう」のだ。

 

 

 

 


128

裕福は天性の資質であり、貧乏も同じである。金持ちになった貧乏人は貧しい贅沢しか披露できない。一方、エリザベートとポールは初めから裕福だったから、いくら裕福になっても生活が変わることはなかっただろう。寝ているあいだに財産が転がりこんでも、目が覚めたときは気づかないにちがいない。

彼らは安易な生活や安易な習慣を非難する偏見と戦い、知らず知らずのうちに、ある哲学者が語った「労働で損なわれる柔軟で軽快な生活のすばらしい力」を発揮していた。

 

 

 

 


136

真実をいえば、ポールは自分の魂に眠る溶岩をまだ一度もゆすったことがなかったのだ。気持ちいいものはこの噴火口の手前で終わりになる。ポールは噴火口から出る蒸気で焚きしめるだけで、めまいがするような気持ちになるのだった。

 

 

 

 


151

一目見て、マイケルは地上に生きる人間だと分かった。現に、地上に莫大な財産を持っていて、レーシングカーだけがときおり彼を酔わせるのだ。

 

 

 

 


160

これらの欲望ははっきりした形をとらなかったが、ポールがあれほど渇望した孤独はなんの満足感ももたらさず、それどころか、心にひどい空洞をうがつことを発見した。その憂鬱を理由に、彼は姉の家で暮らすことを受けいれた。

 

 

 

 


163

とはいえ、マイケルのような人間にとって、計算が狂うことは生命が手を加えたしるしであり、機械が人間と同じように敗北する瞬間を意味している。

 

 

 

 


221

真の惨劇の演出は、想像しうるものとはどこも似ていない。その単純さ、偉大さ、奇妙な細部が、私たちを困惑させるのだ。

 

 

 

 


251

フランス流心理小説の特色は、人間精神を精密機械のようなメカニズムとしてとらえるもころにある。登場人物の一見不可解な行動には、かならぶ深い動機があり、その動機から発して、あたかもビリヤードの球が一度突かれたのちは、機械的な反射を起こしながらみじんも狂わぬ奇跡を描きだすように、人間の心理と行動は正確に分析されなければならないということである。

 

 

 

 


252

成熟という精神の変質に汚されることなく、感情の純粋さを保ったまま子供部屋の呪縛から脱出するためには、この世という殻そのものを脱ぎすてて、天使のように旅立つほかなかったのである。