norika_blue

1999年生まれ

永遠の映画 ‘22 【2】

※none of the pictures belong to me.

 

②カモン カモン

監督 ; マイク・ミルズ



これも、子供たちの映画だ。

 


子供たちの未来への目線。

世界に対してマイクを向ける、ジェシー。

小さい身体で、音を見つけていく、音を拾っていく、「音」を通して世界に開かれる小さな身体。そのジェシーがマイクを自分に向けて、いう言葉。題名の意味が分かった時の感動。

 


1回めはただただ物語に圧倒され泣いていたが、2回めは、ジェシーくんの表情ひとつひとつを見ることができた。

 


ストレスが溜まるとステーキを食べる母。Everything wrong with the world が母親の肩にいってしまう社会。

きちんと、この社会で「母親でいること」について言及しているのが良い。さすが。

 


なんて希望のある映画なんだろう。

 


「きっと君はこれを忘れてしまう。でも僕が思い出させてあげる」

 

 

③囚われの女

監督 ; シャンタル・アケルマン 


大傑作。

 


相手のことを知りたい、知りたくて知りたくてたまらない。彼が不安そうな顔がもう本当に不安そうすぎて悲しくなっちゃったし、大丈夫よ、って言いたくなっちゃたよ….

途中から、ああ….と子供をあやすような気分にすらなった。嘘がないか何度も確かめたくなっちゃう彼。

 


完全には知り合えないからいいのよ、という彼女。だから魅かれるのだと。

 


序盤から主人公2人とも私やん、と勝手に思って見てた。

 


これ原題が La Captive で、囚われの “女” としてるのはなぜだろうと思ったが、結局最後まで、いやこれどっちかって言ったら「囚われの男」やん!としか思えなかった。

 


また、歌の使い方が印象的なのだが、アケルマンにとって歌は、神聖な自由や自己表現のシンボルなのだろうか。

 


あと、ジャケで映画の印象がわからないもの選手権完全に入賞である。



④冬物語

監督 ; エリック・ロメール


“表現力が豊かだね”

“感情で話しているからよ”

 


マダムと自分を呼ばせたことに嫌悪感を覚え、自分が話すことにいちいち哲学者を絡めてくることに嫌気がさし…2人目の彼が言葉を引用したり本をたくさん読んだりしている、いわゆる「インテリ」なこと自体が嫌なのではなく、その知識を生身の人間のものとしないことが彼の嫌なところ。言葉にならないものがあるという前提で生きていない。

 


そして、最後。。なんとロマンチックな!

 


エリックロメールの映画は、観るバケーションだと思っていたけど、この映画はそうは言い切れず、いままでの「ロメール映画」と思っていたものといい意味で違った。(ロメールの "観るバケーション映画" も好きだけど)

 


⑤さよなら、私のロンリー

監督 ; ミランダ・ジュライ


ミランダ・ジュライの映画のへんてこなユーモアとド直球な愛の形が大好き。それはまず、ミランダ・ジュライの描く孤独が、天才か?と思う描き方だからと思う。というより、本当に天才なんだよな。

 


「子供扱いするのは偽善的だと思った」というのはどこか分からなくもないと思ってしまった。私も、いわゆる「子どもへの接し方」というのがわからない (何歳だろうが同じように接してしまう) から。

 


主人公 (オールドダリオ) が魅力的で、恋しない方が難しい!

 


⑥ リコリス・ピザ

監督 ; ポール・トーマス・アンダーソン


なんというエネルギー。

 


走ってるとこ動いてるところ表情から何まで、本当に瑞々しい!!

 


全ての画がつくりこまれていて、とにかくリッチな映画。最後のロマンチックさまで含めて、クラッシック…!!

 


⑦ ザ・スクエア

監督 ; リューベン・オストルンド


「フレンチアルプスで起きたこと」でも思ったが、この監督は日常の気まずいモーメントを凝縮 (あのディナーシーンは最悪モーメント)するのが、本当に上手いな、というかよく思い出せるな。

 


そういう気まづいモーメントがあった時にメモでも取っているのだろうか、というくらいの細かいあるあるが詰まってる。

 


新作の逆転のトライアングル、観逃したので早く配信されないかな。

 


⑧泥棒成金

監督 ; アルフレッド・ヒッチコック


グレースケリーの美しさを観ているだけで勝手に高貴な気持ちになる。南仏の美しさも加えて。

 


⑨ アフター・ヤン

監督 ; コゴナダ


Mitsuki が歌う Glide、もとは「リリィ・シュシュの全て」の曲らしく、「リリィ・シュシュの全て」の凄さを改めて思うなど。

 


“記憶” を巡るなんだか浮遊感のある体験。

コゴナダ監督の「コロンバス」は緑茶のような静謐さ、と書いたが、「アフター・ヤン」には直に「お茶」というモチーフが出てきた。